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 人間にいのちがあるように、ムラにもいのちがあっていい。

 「人の空洞化」→「土地の空洞化」→「ムラの空洞化」→「ムラの消滅」となる。

 これを前から順に言い換えれば、「過疎化」→「耕作放棄(減反)」→「社会的空白地域化(集落機能の極小化)」→「人口空白地域(廃村)」となる。
    
この現象にれに、どういう政治行政が行なわれたか。

 「傷口を押さえるだけで抜本的な改革にはならない」対策だった。そして、事態はもはや待ったなしで「ムラの消滅」を直視せざるを得ないところまできている。

 ムラの消滅の危機は、産業構造とか地域構造の変化とか、それが引き金である。

 しかし問題は何か?

過疎地域の本質的な問題は何かというと、「心の過疎=つながりの欠如」ではないかと。つまり、その地域に住むことの誇りを失っていることが大きい。

 中山間地域に行くと、おじいさんが「ワシの地域には何もない」と自信を持って言う。都会の人が訪れて「すごいですね」と言っても、地域の人は「だめなんだ。いまさら何をやってもしょうがない」という諦念に取りつかれてしまい、何か新しいことをはじめることができない状況に陥っている。

 地方行政の問題点とともに、自助自立に必要な住民の心のあり方が大切だ、というわけである。一方で都会に住む人たちからは逆の極端な意見を聞いたことがある。

 「過疎地域が過疎化することは時の流れだ。無理して限界集落を維持しようとするよりは、人を大都市に集めたほうが経済は効率的にまわる」と。つまり、「都会は○」で「田舎は×」という価値観が、都市住民にも地方の人たちにもふかく浸透していて(曽根英二・阪南大学教授)、それが日本社会の惰性となっている限りは、事態が根本的に変わることはない。

 ただその一方で、ほのかな希望の手がかりでもある。

「自分のことすらできないのに、なんで田んぼなど作れましょうか」――「もったいなくても、作りたくても田んぼを荒らすしかない」と先延ばしにしていた決断をしなければならない日が来る。

 これが限界集落の今を端的に表わす証言である。